蝉の音が、夏を告げている。
先刻、すれ違った子供達はプールバッグを手にしていた。
微かな塩素の匂いを鼻腔に思い出しながら足を進める。
木立の先を鳥が通り、夏アゲハが風を泳いでいく。
日々のルーチンワークに追われているうちに
世界はすっかり夏の色だった。
勿論暑くはあるのだけれど
夏は悪い季節ではないと僕は思う。
街中にいる限りはそうでもないけれど
こうして少し足を伸ばせば
森の緑は深く、空の青は透明感を増す。
飛ぶ鳥の影すら力強く、蝉時雨を舞い上げる。
変わらぬ毎日、急ぎ足で流れる時間
そんな中でも少しのやりたいことをやるために
削ることが出来るのは睡眠と食事の時間だったりするから
どうしても日常は駆け足になってしまう。
でも時折こうして思い切って日常のスイッチをオフにしてみると
それが何気ないことの大切さを思い出させてくれるようで。
肩を回して、息をつく。
足を止めて、空を見上げる。
街を見下ろせる小高い丘の上
額に浮かんだ汗を拭いて、大きく一つ呼吸をする。
毎日のひとつを大切に
大丈夫、急がなくてもいいから
無理をしなくてもいいから
ゆっくりと呼吸の出来る早さで歩いて行けばいい、
そんなことを思える日もあるけれど
そんな余裕すら見いだせないのが現実で。
一つが過ぎればまたすぐ次へ
間に合わなくて駆け足で
忙しいという言葉を理由に全てがおざなりになっていく。
そんな自分が嫌だから
それを認めたくはなくて
また、忙しさに埋没していく。
もう一度、ゆっくりと夏の匂いを深く吸い込む。
全身で、季節の音を感じてみる。
蝉時雨、葉擦れの音、太陽の熱。
目の前の風景に懐かしいそれが重なる。
顔を上げれば、乾いた風が前髪を通る。
大丈夫、大丈夫、大丈夫。
生まれた街に少しだけ似た空気のあるこの場所に
時折こうして足を運んでみる。
本当は、いつだって風景はとても優しいと
僕は知っているのだけれど。