突然の雨に一時の雨宿りを求めて飛び込んだ喫茶店
年若い店主がタオルを差し出してくれた。
自分と同じくらいの年齢だろうか。
いや、もしかしたら案外上なのかも知れない。
ぼんやりとそんなことを頭の片隅で思いながら
白木のカウンターに腰掛けてブレンドを頼み
そのまま何となく彼の動きを目で追っている。
低く流れる音楽も、嫌みにならない程度に並べられたグリーンも
主人の存在と相俟ってひとつの世界を構築しているようだ。
不躾にならない程度に気をつけながら更に店内を見回す。
狭間の時間帯なのか他に客は無いが
それでも閑散とした雰囲気などは感じない。
調度品に経年の痛みなどまるで見当たりはしないが
おそらくはそれなりに時間を刻んできた店なのであろう。
オーダーの後はこちらに話しかけてくるでもなく、
それでも決して無愛想というわけでもない青年の
無駄の無い静かな動作に沿うように漂う音楽の波に、ふっと目を閉じてみれば
立ち上りつつある珈琲の香りが強くなった気がして
肩の力が抜けていく。
珈琲は、好きだ。
以前は時間に余裕のある時はよく
自分でもそれなりに豆を挽いて楽しんだりもしていた。
最近ではインスタントの苦さを流し込むことばかりになってしまっているけれど。
自宅の食器棚の隅に追いやられて久しく出番を無くした小ぶりなミルを思い出す。
最後にあれを使ったのはいつだったか。
一杯の珈琲をゆっくりと楽しむ時間すらないほどに
果たして僕は忙しかったのだろうか。
グリーン越しの窓硝子の向こうを、鮮やかな色の傘が通る。
その水色がふと懐かしい記憶と重なる。
子供の頃、強請って母に買ってもらった僕の傘は
黄色にあんな水色の星が幾つも描かれていた。
それを早く使いたくて雨を楽しみにしていたことが確かにあったと
今、突然に思い出した。
流れるスロウジャズの合間に
小さな磁器の音と足音。
「お待たせ致しました。」
シンプルでありながらもどことなく暖かみのあるカップから湯気が香る。
一口飲んで僕はほう、と息をついた。
久しぶりのちゃんとした珈琲は
この店の雰囲気そのもののような静かで穏やかな味がした。
「・・・美味いですね」
思わずそう言えば、カウンター越しに青年が微かに微笑んだ。
「雨、上がったようですね」
ああ、雨宿りに入ったのだった、
そんなことを思い出さなくてはいけない自分が可笑しくて
ちょっと俯き、鞄を手に立ち上がる。
会計を済ませ、入る時には気付かなかったカウベルを揺らしてドアを開ければ
通り雨は駆け足で過ぎ去って
空にはうっすらと虹が架かっていた。
明日は晴れる、
そんな気がした。