いつか必ず咲く、なんて
そんな言葉を耳にしたりもするけれど
どの状態を花開くと人は言うのだろう。
例えば確かに、
賞を取るとか記録を作るとか、
それから何か仕事を興したり、後世に残るような何かを創り上げたり。
それはとても素晴らしいことで、きっととても困難で、すごいこと。
でも、それだけじゃないよね。
大きな何かを為しえることだけが
到達点ではないんじゃないか、なんて思うのは、
そんな大事を為しえ得ない自分のふがいなさ故なんだろうか。
穏やかな毎日を
それなりに過ごしていく
そんな在り方じゃ、だめなのかな
花開くだけが道ではない
もちろん、鮮やかに咲いた花は大変に美しいし
憧れもするけれど。
少しずつでも、ゆっくりでも
僕は僕のやりかたで歩くことができたなら、
それがいいと思ったりもする。
残念ながら今はまだ
それがどういうものなのか、僕には分からないのだけれど。
ショーウインドーを覗き込む恋人同士が笑顔で何かを話していて
洋菓子店の前にはサンタの人形の乗るホールケーキのポスター。
店先に流れるクリスマスソング。
イルミネーションが瞬く夜は確かに綺麗で、
歩道橋を渡りながら、さっき少しだけ足を止めて見てみたりもしたけれど
華やかなツリーにきっと僕はどうにも馴染めない。
子供の頃は小さなツリーを部屋に飾って
プレゼントを心待ちにしていたものだけれど。
駅に向かう人は皆少しだけ急ぎ足。
きっと寒さのせいばかりでは無いのだろう。
僕よりも少し年上であろうスーツ姿の人が大きな紙袋を手に通り過ぎる。
家族へのプレゼント、なんだろうか。
折からの北風に肩をすくめてはいるけれど
ちらりと見えた表情は何処かしら少しだけ嬉しそうだった。
気に入ったものが見つかったのだろうか。
クリスマスプレゼント、なんて
もう何年も買っていないかもしれない。
学生の頃は仲間たちとそんなイベントにかこつけて
騒いで過ごした夜も確かにあったけれど。
左手に提げた、ほとんど書類の入っただけの鞄を持ち直す。
僕の今日は、あとは帰って普通に食事をして、眠るだけだ。
気の利いた音楽でもあれば良かったかな。
まあ、
別段どうでもいいのだけれど。
風が少し冷たい。
また一人、プレゼントらしき包みを持った人が僕を通り過ぎていく。
・・・いつか僕もあんな風に
誰かのためにクリスマスプレゼントを用意したりするのかな。
珍しくそんなことを思ってしまったのはきっと
ちょっとだけ上手くいかない仕事と、いつになく冷え込みの厳しい夜のせい。
暖かなクリスマスを嗤うほどに
僕は冷めてもいないし自分を納め切れてもいないから
そんな時間もやっぱり良いな、なんて思ったりもする。
いつか僕もそんなぬくもりを手にすることが出来るのだろうか。
でも、今の僕はまだ
自分の毎日だけで精一杯なんだ。
白い息を吐いて空を見上げれば
ビルの間の十二月の空に微かに星が見えた。
日曜日の交差点
たまには遠出をしてみようかと
なんとなく南へ車を向けてみたところ。
いつもと逆に走る国道沿いの並木は
いつの間にやらもうすっかり冬支度。
枯れ色の間から覗く空が広い。
ついこの前までは色づいた葉の黄色が風に揺れていたのに。
生まれ育った場所から離れたこの街で
気付けば随分と多くの季節を過ごして来た。
もちろん、上手くいくこともいかないこともいくつもあって
自分の無力さを思い知って
無い物ねだりを繰り返して。
ありきたりな葛藤や小さな挫折を繰り返し過ごして。
今の僕は、きっとあの頃に思い描いた僕ではないけれど
それなりに、まあ、ちゃんと立っているんじゃないかな、なんて
ほんの少し、思ったりもするんだ。
緩やかな坂道を、上って、下りて
信号待ちで少しだけ窓を開けた。
公園の道路沿い、小さな花壇の傍に立つ初老の女性の
手には小振りなスコップと軍手。
その人の視線の先では白い花が並んで咲いていた。
かがんでついと伸ばした手は、葉についた泥でも払ったのか。
ちょっと満足げに微笑んだ姿がなんだかとても可愛らしかった。
不意に僕の視線に気付いたのか、にっこりと頭を下げられて
慌てて僕も頭を下げた。
信号が青に変わる。
車を南に走らせる。
白みを帯びた冬晴れの青に、まばらに雲が浮いている。
カーラジオから流れてきた、懐かしい歌を小さく口ずさんで
フロントガラス越しには冬晴れの日差し。
眩しさに目を細めれば、自然と僅かに笑みが浮かんだ。
ついこの間まであれほど暑さに辟易していたように思うのに
とても濃かった道路の影も
カレンダーを捲ると共にどんどん和らいで来ていて
僕が気付かないでいる間に、街はすっかり次の季節を迎えようとしていた。
季節の移ろいに気付けないほどに忙しくしていたわけでは無いと思うけれど
あっという間に秋も通り過ぎようとしている。
年々時間は早く進むようになるのだろうかなんて考えて
いくら何でもそれはどうかと
天気の良いのにも背中を押されて
気に入りの文庫本を一冊手にして散歩に出掛けた。
公園通りの銀杏並木が黄色に光を受け、
太陽は斜めに差し始めて、住宅街から宅配便のトラックが出てくる。
気の早いTVコマーシャルはすっかりお歳暮のシーズン。
きっと街はそろそろ華やかに彩られ始めているのだろう。
カレンダーより一足早く赤や緑で飾られたショッピングモールも
それなりに季節を感じて嫌いではないけれど
是非に足を向けたいものではない。
直接的で積極的な街の季節よりも
のんびりと陽だまりで自然の彩りに目を向けたくて。
ウィークデイには嫌でも多くの人とすれ違うのだから
こうした日曜日ぐらいは人混みは遠慮したいとも思うし
冬一歩手前のこんな暢気な午後の時間を、僕はわりと気に入っている。
ベンチに腰を下ろして缶コーヒーをまずは一口。
暫くはまだ十分に暖かいだろうからと
足を組んで本を開いた。
ゆっくりと活字を追いながら、午後の日差しを甘受する。
広場の方で遊ぶ子供達の声を時折微かに感じながら
僕はそうして時間を過ごす。
不意に何かが視界を横切り、顔を上げれば
少しばかり移動した影の向こうから
風に乗ってか銀杏の黄色が舞い降りてくる。
それを辿って陽光の眩しさに目を細めた。
そのままベンチに背中を預けて空を見る。
秋の終わりかけた空に、ほかりと浮かんだ雲がゆるゆると流れる。
明日からはまた一週間。
まあ、あまり何も変わりなく、それでも足早に毎日は過ぎていくのだろうけれど。
風が捲ったミステリーは
気付けば次の場面に頁を移していた。